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2. 名前も知らないあの人が、今も私の肩をたたいてくれる。(1/2)

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  • 2022年5月18日
  • 読了時間: 3分

更新日:2月15日

*Zwei(ツヴァイ)=ドイツ語で「2」 




大学生のとき、ドイツに短期留学したことがある。

人生初の海外、人生初の短い一人暮らし。


最初の関門は慣れない飛行機での長時間移動だったけれど、12時間後、ふらつく足取りでこわごわと降り立った外国の地は、予想外に今まで生きてきた場所と地続きの感覚があった。


時差のせいもあり、体感では日が暮れた薄暗い風景の中にいるはずなのに、現実ではまだ燦燦と照りつける8月の太陽に励まされて「なんか、やっていける気がする」と思ったのを今でも覚えている。



平日の昼間は大学で、放課後は街で。週末は列車や車で少し遠出して。

世界のまだ見ぬ一部に触れたい、少しでも多くのものを吸収したいと歩き回った。



「刺激的」という言葉では物足りないほど毎日が刺激にあふれ、寮、大学、スーパー、書店、駅、美術館、街のいたるところで、会話のきっかけをつくってドイツ語で話しかけた。


お店では、見た目や喋りの拙さからか英語で話しかけられることも多々あったが、ドイツ語で話してほしいとお願いし、仕事の邪魔にならない程度にいろいろと話をさせてもらった。



「こんにちは」


「よい一日を」


「また会いましたね」


「素敵な週末を」



日本語を含めると、今まで数えきれないほど口にしたことがあるはずなのに、通り過ぎてきた、ひとつひとつの声掛け。


それらが急に、まるでもう二度と出会えない心からの「一期一会」のように感じられた。



お店に入るときや出るとき、その空間に出入りする人が自分から挨拶をする風習も、「店員」と「客」という役割をこえて、一対一の個人を意識させられ心地良かった。







寮の最寄りのスーパーでは、大学生らしいレジのお姉さんがいつもちょっと不機嫌で、その表情や声音と似合わない「素敵な午後を~」を投げかけられ戸惑いつつも、


大聖堂の前で古本市を開いている方と本の話をして帰国後に手紙をやり取りしたり


先輩に紹介してもらった方たちと寮の近くの山に登って、

その場で簡単なご飯をつくってくれて食べたあと、日が沈んでいく地平線を見たり


交換留学で知り合えた方のご自宅に上がらせてもらい、

手作りのお菓子をごちそうしていただいたり、家族の歴史の本について話を聞いたりと、生涯忘れないだろう出会いもあった。



そんな日々はあっという間に過ぎ去り、早くも帰国の時期がやってきた。


去りがたく、片付けもはかどらない。

毎日つけている日記を振り返って、前日までうだうだしていた。






翌朝、帰国の当日。

目が覚めると、同じ大学から留学していたメンバーから携帯に連絡が入っていた。


まだ日の出前。

ようやくかすんだピントが合ってきて、一瞬、現実が受け入れられなかった。



集合時刻を1時間以上過ぎている。



慌てる気持ちがものすごい駆け足で後ろからやってきて、身の毛がよだつ。

薄暗い景色の中、最後のごみ捨てを急いで済まし、まとめた大荷物を抱えて逃げるように寮を出た。




(2/2へ続く)


2022.05.18  u  

 
 
 

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