19. とがった唇とねむたい三角。
- u
- 2022年12月17日
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更新日:2月15日
*Nineteen(ナインティーン)=英語で「19」

にぶさは無いほうが良いと思ってきた節がある。とがっていたいというより、にぶくならないようにしなければという警戒心があった。「にぶい」「ドン(鈍)」という、尻の重い響きもすきではなかった。
にぶいよりも、察しが良く物わかりの良い子どもでいることが必要だったのかもしれない。
ドイツ語には “stumpf(シュトゥムプフ)” という単語がある。
刃物の切れ味がわるいこと、先の丸くなった、とがっていない鉛筆の芯。光沢がなく、ざらざらした表面。彩度が低く、くすんだ色。感覚のにぶい、ぼんやりしたうつろな目つき。
日本語では「ねむい写真」と言われるような、コントラストが低く、しまりがなく、ぼんやりした、捉えどころのない像がここで重なる。ねむさ、にぶさ、退屈さ。
90°から180°のあいだの鈍角、出血のない、挫傷のようなケガ。これらをすべてが同じひとつの単語から展開するとき、わたしのなかのにぶさのイメージが形を変えて踊り出す。生まれてはじめて、にぶさの余地を思う。言葉の境界線、手触りをたしかめる。
形容詞とおなじ綴りで名詞の der Stumpf は、木の切れ端や残片、切り株などを指す。”mit Stumpf und Stiel ausrotten(切り株や茎ごと根絶する)” という慣用句は、雑草を抜き取ったり、悪や非道を根絶させるという意味になる。
ドイツ語で鈍いといえば、dumpf という単語もある。音や光のにぶさ、こもってかび臭い空気、ぼんやりと活力のない様子。
音や光のにぶさで連想するのは、etwas dämpfen という比喩的な表現。der Dampf は蒸気、湯気、もや。関連して似ているふたつの動詞があり、一つ目が dampfen(湯気をたてる)、もう一つが dämpfen(和らげる・蒸す)だ。
音・光・感情などを和らげる、消音・ミュートするという意味と合わせて、芋をふかしたり、料理を蒸したりすることも表す。
蒸し料理をするときにじっと鍋を眺めていると、透明な蓋をちいさな水滴が覆っていく。鍋の中の空気がこもっていく。水気の多い空気がこもった部屋で、音は丸みを帯びていく。そういう大気の流れ、音の軌道、物質的な特性を感じる言葉の使い方だと思う。
der Rost(錆・さび)に関する動詞 “rosten” は、金属が錆びるという意味から派生して、能力や手腕がさびつき、にぶるという意味にもなる。輝きを失い、なめらかさを失くす。かつての切れ味はもうない。
人に対して間抜けだとか、ばかだと言うときには、doof という言葉がある。最近では、若い人を中心に、„Das ist doof(それはないわ)“ のように、出来事や人以外の事象にも使う人が多い印象がある。オーストラリア英語の doof では、俗語でベースやドラムなどの低音が響くダンスミュージックのことらしい。擬音語で、doof-doof と口にしてみると、その雰囲気が少しわかる気がする。
鉛筆の芯は、HBの方が2Bよりも硬い。でも、尖らせたHBの芯はすぐに折れてしまう。折れたら削って、折れないように軽く紙にのせるけどまた折れて、どんどん短くなる。
2Bの丸くなった鉛筆で、豪快に、力いっぱい紙に線を描くあの感じ。もう随分昔に感じて以来、忘れかけていた感覚。手が鉛粉で汚れる。消しゴムでも消しきれない跡が、黒く、広がる。
そんな風になにかを表せたら、どんな気持ちだろうか。
三角形の体重をしっかりと支える、鈍角。
歳月を経てくすんだワイン色の布地は、日々のなかに溶け込み調度品に華を添える。
にぶさの余地を探っていくと、音や光がつたう空気が、時の流れが、鈍色の快さが、見えてくる。
削って無理に変形し、表面を磨き上げようと苦心するのではなく、さびつかないように小さく動き続ける自然な運動のなかで、磨かれていくものがあると信じて。
その一瞬のかがやきが、たとえ人には見えないものだとしても。
日々が裏切ることはないだろう。
2022.12.16 u
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