44. 燃えるアーモンド器官。
- u
- 2024年9月14日
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更新日:2月15日

人の身体の中には、アーモンド器官がある。
たまに発火して、問題を起こすから除去しないといけない人もいる。
アーモンドはドイツ語で die Mandel 、和名では扁桃ということを最近知った。
舌の付け根や喉の奥にある免疫組織。形がアーモンドの種に似ていることから扁桃腺と名づけられたらしい。この場合は、基本的に Mandeln(複数形)で用いられる。
ドイツ語で、炎症を意味するのが Entzündung 。動詞のentzünden には、火が付く、発火するという意味もある。
外国語で書かれたテキストを意図的に、もしくは事故的に読み換えると、SFのように少し不思議な物語ができあがる。
『ランゲルハンス島の午後』の語感にも似た、空想を誘う体内の一部。
ドイツ語には、ほかにも臓器を含む比喩表現がある。
"grüne Lunge(緑の肺)" というカジュアルな口語表現は、都市部にある緑地帯や緑地公園のこと。ベルリンのティーアガルテンはこの大都市の緑の肺として有名だ。排ガスを取り込んで新鮮な空気を吐き出す、都市の肺として機能する。
"Tomatenmark(トマトの髄液)" は、濃厚なトマトピューレ。das Mark は、骨髄、脊髄、髄液などの意味とともに、野菜や果物を煮て裏ごしした Püree(ピュレー)のように、ソースのなかでも特に濃く、どろっとした状態のものを表す。似た言葉でも、das Mus(ムース)は、果物に砂糖を加えた甘いものに使われることが多いそう。
ここに少しのトマト髄を入れます、とレシピに書かれていると、黒魔術的な響きがある。実際は、ポップなラベルが貼られた何の変哲もないトマトソースのことだったりする。
"bis ins Mark(骨の髄まで)" とか、"jemandem etwas durch Mark und Bein gehen(髄と骨まで貫通する → 骨身に沁みる)" という表現は、元々マルティン・ルターが聖書翻訳の際、神の言葉がいかにして人に届くかを表したものに由来するらしいと知る。
八角(スターアニス)、肉桂・桂皮(ニッキ・シナモン)、秋鬱金(秋ウコン・ターメリック)など、馴染み深いスパイスも、漢字でみれば意外な姿が立ち現れる。中国語に由来するもの、生薬としての効能が文字から窺えるものも多い。
生活に溶け込んだ言葉。名前として覚えてしまっているがゆえに、意外と知らない言葉の由来。
ラガービールとして借用語にもなっているドイツ語の "Lagerbier" も、単に名称というわけではなく製造方法に由来している。das Lager は倉庫、貯蔵所。あわせて、野営地や収容所という意味がある。
lagern は、飲食物を冷暗所で貯蔵すること、人を寝かせて休ませることなどを意味する。ラガービールは、低温で発酵を進めることで、酵母が下に沈降する下面発酵で製造される。
「寝かせる」という日本語の比喩表現は万能だけれど、別の言語では状況により使い分けが必要になる。ドイツ語であれば、ビールは lagern(貯蔵する)と gären lassen(発酵させる)、パンやパスタなどの生地であれば、den Teig ruhen lassen(生地を休息させる)と言うことができる。
ruhen は、煮物などの料理を一旦火からおろし、味を深めるときにも用いられる。日本語を直訳した schlafen lassen(寝かせる)は、残念ながら人以外には用いないらしい。
行く・進む・歩くという意味の gehen から、gehen lassen(発酵を進ませる)という言い方もできる。こちらは、室温などの比較的暖かい場所で寝かせる印象がある。より長い時間をかけて熟成させる場合には、reifen lassen(完熟させる)という表現で、生地を寝かせると言うこともできる。reif は、果物や人物の内面が熟したさまを表す。
ruhen lassen には、食べ物以外にも、手をつけずに置いておくという使い方ができ、予定や計画を延期する、棚上げするという意味になる。似ている表現には、"etwas auf Eis legen(氷の上に置く)" という慣用句もある。溶けていく氷が、過ぎて行く時間とにじり寄るタイムリミットを感じさせる。
近所のスーパー、自宅の冷蔵庫、テレビのコマーシャル。身体のなかの一部さえ、至るところにきっかけはあり、言葉は散歩へと誘う。
病や痛みでさえも、遊びや探索の種になるということを、言葉は教えてくれる。
2024.09.14 u
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