37. 石になる、骨になる。
- u
- 2024年3月26日
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更新日:2月15日


城跡の石壁や、人間の胴よりはるかに立派に年輪を重ねた古木を見かけると、つい手を触れたくなる。
自然の摂理に従ってそこに佇むのか、人の手によって築かれたものなのかは関係なく、ひとたび触れれば、途切れることのない時の地層に接することになる。
日差しに温められて、ほんのりと熱を帯びていることもある。
陰にすっぽり覆われて、苔むしていることもある。
monolith(モノリス)とは、広大な平野にそびえる巨石。
形容詞の monolithic は、「一枚岩の/(組織などが)対立なく同質要素で構成され、強固で統制された」という意味合いで使われる。
一枚岩という言葉は前向きな意味合いで使われることが多いと思っていた。一方で、モノリシックからは、異なる意見をもつ個に対する圧倒的な同質多数の塊という、マジョリティルールと全体主義のにおいが鼻をかすめるときがある。
あたらしい単語を見るとき、大抵私はどこが何の要素になっているかをまず推理する。
mono は単一の、ひとつのという意味だとわかる。-icは形容詞の接尾辞なので、残った lith の部分が石とか岩にあたるのだろうか。
そう思って調べてみると、ギリシア語の lithos(石)に端を発すると辞書にある。
なるほど、美術分野でも見かける技法リトグラフ(lithograph)は、元々石板に絵柄をのせ、水と油の原理で複製する手法だった。ここにも、版面として利用された石板の lithos が見える。
ギリシャ語・ラテン語で石を指す語には petra もある。関連する語句を辞書で引いてみる。
雨上がりの匂い、ペトリコール (petrichor) は、petra と ichor から成る。ichor は、ギリシャ語で "神や不死者の体に流れる液体" という意味らしい。そう聞くと、無機的なアスファルトから立ち上る雨の匂いの奥底に、古の霊性のようなものをかすかに感じる気がする。
petrification は石化。“be petrified with fear” といえば、恐怖で体がすくむこと、石のように硬くなることを表す。
人が恐怖を感じたことを伝えるだけなら、“be scared” や “be frightened” で事足りるかもしれない。
でも、言葉を知っていくうちに視界がひらけた感じがするのは、その先に、たった一語で心のなかに絵を描く固有なイメージを見つけたときだ。
石化のように、「~化する」という動詞を上げれば枚挙にいとまがない。私の手が届く範囲だけでも、実にさまざまで、蠱惑的なものがある。
“be ossified(骨化する)” といえば、行動や考え方が決まった枠内に固定化し、定型になることをいう。転じて、年齢を重ねて頑迷になることも表す。骨はどこに隠れているかというと、os の部分がラテン語で骨を意味するらしい。
os には口という意味もあるそうだ。複数形は ora 。ここまできて、oral(口の/口頭での)の語源だとわかる。
骨は肉体の中心にある。輪郭を形づくるふくよかな肉が痩せ、そぎ落とされていった先に、乾いた音のする骨がある。実に的を射た言い回しだと思う。
ドイツ語では “verknöchern” といい、「~化する(後続要素の特徴を加える)」という接頭辞 ver と、der Knochen(骨)が組み合わさって、より直接的に骨化を示す。
ほかにも、mummy(ミイラ)に関連する動詞 “mummify(ミイラ化する)” はドイツ語でもmumifizieren といい、 die Mumie(ミイラ)をそのまま字面から感じ取れる。
いつ使うのかわからない言葉をあつめては、手帳に書き留めて反芻する。
浜辺で小石を拾い上げるとひとつとして同じ模様がないように、言葉の手触りは拾い上げるたびに変わり、てのひらに残り続ける。



2024.03.26 u
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