34. 現在地をさがさない。
- u
- 2023年10月27日
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更新日:2月15日

Orientation(オリエンテーション)、Orienteering(オリエンテーリング)という言葉のそもそもの意味について考える時間がないままこの歳になった。学校や会社の始まりの日に新人たちが集められる説明会、地図とコンパスを手にして山野を駆け巡る競技。一度ならず耳にしたことがあっても、なんでそれらにOrient(東洋)が入っているのか、不思議なままだった。
そもそも、について考えたきっかけは、ドイツで制作されたドキュメンタリーを観ていたとき耳に飛び込んできた “Dann muss man sich ja in seinen Hobbys ein bisschen umorientieren” という一文。ここにある動詞 umorientieren には、たしかにあの orient が含まれている気がして、一度ちゃんと調べてみたくなった。
sich (in …) umorientieren について調べると、新しい目標点に目を向け、物事の方針をあらたに定め直すという意味を見つけた。職業・政治的信条・研究分野など幅広い文脈で、これまで軸足を置いてきた場所から別の場所へ重心を移すことを表せるようだ。
動詞の頭の「um」は、回転・移動・やり直しなどの意味を動詞に加える。 sich orientieren の部分は、特定の事柄への方向づけ、集中を表すと同時に、自分がどこにいるのか、地図や目印から立ち位置をたしかめることを意味する。
いまここに生きている自分を考えるとき、同時に、果てしない道を行く旅人が、くしゃくしゃになった地図をザックから引っ張り出してコンパスと睨めっこする様子が脳裏に浮かぶ。
先程の一文を、「そうなれば、趣味の時間について新しい方向性を見出さなければならなくなる」と訳してみる。
方向性という言葉は、既に私の中では「方角」の矢印を失っていて、ひとつのホウコウセイという記号になってしまっていることに気づく。
ドイツ語に馴染んでいる人は、私が「方向性」に対して思うことと同じように感じるのかもしれないけれど、私は sich orientieren という表現に、肌に染み付いた方角を探る感覚、地平線に日が昇る風景をまだ見出すことができる。
英語では、再帰的にorient onself と言うことで、自分の位置(立場)を見定めること、あるいは周囲の環境に順応することを表せる。
名詞 Orientation にはそれ自体に組織や活動の方向性、信条の意味があり、さらに、新しくそこに加わる者たちに方向づけを施すことをいうのだと改めて知った。“profit-oriented(利益追求志向の)” “service-oriented industry(サービス産業)” “youth-oriented(若者向けの)” など、身の周り、特にビジネスの分野は、あらゆる方向づけで溢れている。
ドイツ語・英語の単語が互いにとても似ていることから察しもつくけれど、これらの言葉は共通する起源をもつ。根っこにあるラテン語の orior(不定形 orīrī)は “昇る” であり、日が昇ること、それによって人々が方角といまいる場所をたしかめたことから派生しているらしい。名詞のoriēnsのかたちには、既に私の知っているオリエントを見出せる。そこに道が通じていることを実感する。
方向づけになぜ東洋が入っていて、なぜ occident や occidentieren ではないのか。西洋で生まれた概念だからかな、と疑問に思ったけれど、もっと物理的で天文学的な理由からなのかもしれないと、語源を遡りながら少し腑に落ちた。
起源、はじまりという意味の origin も orient と語源を共にすると知り、またひとつ世界を見る解像度が上がる。
太陽、星、石やコンパス。古くから人はいろんなものを目印にしてきた。the polestar / the North Star / Polaris(北極星)はその代表例だと思う。
辞書のLの頁に “the lode star(北極星)” という見慣れない表記を見つける。lode は vein of metal ore(鉱脈)のことだと書かれているのを見つけて、鉱脈と血管って同じ単語を使うのか、と考えが脇道へ逸れていく。
ここでの lode は鉱脈ではなく、16世紀以前の古い英語で、way / course/ journey などの意味らしい。
なるほど、鉱脈という意味に至るまでにも、この言葉の脈は続いてきたのだと感じる。
私は、現在地を見失っているかもしれない。先はなにも見えない。
けれど、ふと足元を見れば、ここにもあらゆる鉱脈が流れついていることに気づく。
それでいいのではないか、といまは思う。
2023.10.27 u
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