31. 身動きがとれないときの。
- u
- 2023年8月19日
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更新日:2月15日
◆数字の世界
Hogeita Hamaika(オジェイタァマイカ)
バスク語で「31」(hogei: 20-eta:and-hamaika: 11=31)

停滞する。行き詰まる。一旦立ち止まる。
停止するとも、突然流れが途切れるのとも、やめてしまうのともすこし違う。
ドイツ語で “im Stau stehen(停滞の中に立っている)” といえば、渋滞にはまっているという意味で、Stau は交通渋滞のほかに、流れがせき止められてできる澱み、風や空気などが循環せずぬるく新鮮さを失っているさまを表す。
停滞について調べているときに、hängen(ぶら下がる)という動詞の意外な使い方について知る。
いくつかの意味があるなかでも特に代表的なのは、壁に絵が「掛かっている」ことや、フックにハンガーを「引っかける」こと。この、出っ張りに掛かって宙に浮いているイメージがまず最初にある。
接地を表す前置詞 “an” と一緒に用いることで、執着や依拠、強めの愛情を比喩的に表すことができる。特定の人にベタぼれで「あの人、彼・彼女にべったりなんだよね」というときのぞっこんぶりなど。
ほかにも、離脱の意味合いをもつ前綴りの ”ab” と合わさることで、「それ次第で状況は変わる」というときの条件付け、たとえば、開催か中止かは天気による、というときの条件的な意味も表せる。
物事に特別な関心を寄せて没頭することを日本語で「傾倒する」というとき、そこには傾きがある。
似た例で、ドイツ語でも “Neigung(傾斜)” という語には物事への愛好や、飲酒癖などのやや依存的なよりかかり、偏愛の意味がある。
冒頭の hängen の名詞形 ”Hang(斜面・坂道)” にも、傾向・愛着・性癖などの意味がある。
傾いた偏愛と斜めな偏愛。ふたつの違いを考えたとき、体重を何かにもたせかけてよりかかっている重さと、重力に逆らってしがみついているイメージとが頭に浮かぶ。
hängen には、ほかにもユニークな使い方がある。”am Telefon hängen(電話にぶら下がっている)” といえば長電話をするという意味になり、”in der Kneipe hängen(飲み屋に引っ掛かっている)” といえば、いつまでも居座り、根が生えたようにねばってだらだらと飲んでいることを表せる。
“immer noch hängen(未だに宙ぶらりんだ)” といえば、裁判や、審議会、結論と終わりを迎えるべき何かについて、まだ決着がつかずにいることを意味する。
“an einem Haar hängen(一本の髪の毛にぶら下がっている)” で、風前の灯火、いまにも落ちてしまいそうな窮地に立たされているという意味にもなる。
日本語の「根が生える」という言い方も愉快で好きだなあと考えていると、盆栽用語に「根張り(ねばり)」という言葉があったのを思い出した。
土から立ち上る木の根元の形、生え方によっていろいろな根張りの呼び名がある。
盆栽の見立て、ひとつの鉢を大地として見上げたときの土を掴むような根張り。その観察の仕方を盆栽の先生にはじめて教えてもらったとき、ここにもまた自分の知らなかった世界の見え方があるのだな、と胸を打たれた。
“根張り“ と声に出したときに、不思議とねばねばした感じや、大地にひっつく力の強さを奥歯のあたりで感じるのは、同音異義語のおもしろさでもある。
でもこのひっつきは、しがみついているという下向きの力だけではなく、空へと迸りながら土を捉えて体を支える逞しさなのだと思う。
英語で、hängen に近い意味合いを考えたとき、浮かび上がってきたのは “be stuck” という状態だ。身動きができない、当惑して困りきっているということを表すこの言葉、たとえば物事がつっかえて最後までいけないときや、家や場所に閉じこもっている状態なども含んでいる。
stuckの動詞形である「stick」には、のりのようなもので二つのもの同士をくっつけることに加え、フォークやピンを突き立てて刺す、固定するなどの意味がある。
そこから、ポケットに手をサッと突っ込んだり、言葉や映像が頭にこびりついて離れないなどの意味の広がりがある。
「その言葉、刺さるわ~」という日本語の言い方には、どちらかというと針の先で突かれるような痛切さ、荊の棘のように刺さったまま残る、というニュアンスを感じることが多いけれど、コルクボードに刺さるピンのようにいつまでも残る、というstickの要素は新鮮で、私の中に新しい言葉の感触をくれる。
そういえば、"痛いところを突かれてぐさっときた" と言いたいときに、英語で hit close to home(家のそばに命中する) という表現があって、大事なところ、自分の中心近くを射られたような響きがある。
stick の慣用表現には、比喩的で含みのあるものもある。
stick in one's gullet([人の]食道につっかえる) というと、受け入れがたい、呑み込めない、あるいは気にくわないという物事への反応を意味する。こうした身体感覚を伴う熟語は、体のことを言っているのに驚くほど心のことを顕わにするなぁとしみじみ感じる。
stick at(こつこつ取り組む) という表現には、粘り強くひとつひとつの課題に臨む様子が見えてくるし、stick fast(しっかりとくっついた→釘付けになる・固執する)という言葉には、ある立脚点に釘打たれてそれにしがみついている頑固さが見える気がする。
hängen と同じ起源をもつ英語のhangには、hang in there(ぶら下がったまま持ちこたえろ→困難にめげずやり抜こう)という励ましの表現がある。
なににしがみついて、なにに釘付けになって生きているのか。
そこから剥がれ落ちて一枚の葉っぱみたいに風に舞いたいなら、その出っ張りにしがみついている指の力を抜いて、古くなって錆びた釘を抜く必要がある。
ぶら下がっているのは断崖ではなく、足先に触れそうなほど近くに、水の張った気もちのいい湖が広がっているかもしれない。
2023.08.19 u
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